多汗症とは

多汗症

多汗症(たかんしょう)とは、日常生活に支障をきたすほど汗の量が多くなる状態を指します。
本来汗は、運動や高温環境など、体温調節のために必要なものですが、精神的な緊張や刺激、あるいは特別な原因がないにもかかわらず、過剰な発汗が生じてしまうのが多汗症です。
特に手のひら、足の裏、脇(腋窩)、顔などの局所に集中して見られることが多く、これらを「局所多汗症」と呼びます。
また全身に過剰な発汗がみられる場合は「全身性多汗症」と呼ばれます。

多汗症は見た目にはわかりづらいこともあり、周囲に理解されにくい一方で、患者さまご本人にとっては強い不快感や精神的なストレスをもたらす疾患です。
書類が汗で濡れてしまう、人との握手を避けてしまう、衣服に汗染みができるのを恐れて外出を控えるなど、日常生活や社会活動にも影響を及ぼすことがあります。
発汗そのものは健康な身体の働きの一部ですが、必要以上の発汗が続く場合には、多汗症としての治療が必要です。
お悩みの場合は、お気軽にご相談ください。

多汗症の症状

日本皮膚科学会のガイドラインでは、局所的に過剰な発汗が、明らかな原因のないまま6ヶ月以上続き、かつ以下の6つの症状のうち、2項目以上当てはまる場合を多汗症と診断しています。

  1. 最初に症状がでるのが 25 歳以下であること
  2. 対称性(腋窩の場合は両脇の下)に発汗がみられること
  3. 睡眠中は発汗が止まっていること
  4. 1 週間に1 回以上多汗のエピソード(症状が出ること)があること
  5. 家族歴(家族に同様の症状があること)がみられること
  6. それらによって日常生活に支障をきたすこと

発汗は、気温や運動の有無とは関係なく現れることが多く、特に緊張したとき、対人場面でのストレス、集中したときなどに現れる傾向があります。
日中は症状が強い一方で、睡眠中には発汗が落ち着いていることが多いのも特徴の一つです。
発汗の程度には個人差があり、少し汗ばむ程度から、重症の場合では汗がしたたり落ちてしまうほどのものまであります。
特に脇の下や手のひら、顔や頭部、足の裏などにみられるケースが多くなっています。

脇の下はもともと汗腺が多く、非常に汗をかきやすい場所となっていますが、服に汗染みができてしまったり、皮膚表面の細菌が増殖して不快なにおいを発する原因になったりと、さまざまなお悩みを引き起こし、人前に出たくなくなるなど精神的な負担ももたらしてしまいます。

また手汗の場合は、紙が濡れてしまう、パソコンやスマートフォンの操作が困難になるといった実用上の問題を引き起こします。
顔や頭から汗が噴き出すように出るケースでは、メイクが崩れる、外出を控えるなど、こちらも日常生活に大きな影響を及ぼす場合があります。
また足の裏に多量の汗が出るものでは、靴の中が蒸れて臭いや湿疹の原因になることがあります。

多汗症の原因

多汗症の原因は大きく分けて「原発性多汗症」と「続発性多汗症」の2つに分類されます。
原発性多汗症の原因は明確にはわかっておらず、局所的に過剰な発汗がみられるのが主な症状です。
発症年齢は10代から20代にかけて多くみられ、遺伝的な素因が関係しているとされることもあります。
患者さまの多くが、家族にも似たような症状を持つ方がいると報告しており、体質的な側面が強いと考えられています。

原発性局所多汗症の原因は不明ですが、一般的に多汗症患者の汗腺は健常者と比較して汗腺数や大きさなど組織病理学的に大きな差がなく、多汗は汗腺の発汗機能亢進と考えられています。
原発性局所多汗症では、交感神経の働きが過剰になり、エクリン汗腺と呼ばれる汗を分泌する器官が刺激を受けて汗を過剰に分泌してしまうとされています。
特に、手掌・足底の多汗症は遺伝的に生じた発汗系交感神経の病的な過活動と考えられています。
この交感神経の過活動は、主に精神的な刺激や感情の変化に影響を受けることが多く、緊張や不安の場面で強く現れやすくなります。

一方、続発性多汗症は、甲状腺機能亢進症、糖尿病、感染症、結核、更年期障害、パーキンソン病などの神経疾患、悪性腫瘍などの疾患や抗うつ薬をはじめとした薬剤の副作用などによって引き起こされるものです。
全身に発汗がみられることが特徴で、日中・夜間問わず症状が現れます。続発性が疑われる場合は、まず、ほかの疾患の検査と治療が優先されます。

多汗症の治療

皮膚科における多汗症の治療は、まず問診と診察によって原発性か続発性かを見極め、その上で発汗の部位や重症度に応じた治療を選択していきます。
続発性であれば、原因となっている疾患の治療が優先されます。
多汗症の治療では、保険診療の対象となる治療法もあり、近年では選択肢が広がっています。
原発性局所多汗症の治療に対し、第一選択となるのが、外用薬による治療です。
主に使用されるのは、保険適用外ではありますが、塩化アルミニウム製剤の制汗剤です。
これを塗ることにより、汗腺の出口を塞いで汗の分泌を抑制します。
頭部や顔の多汗症では濃度10~20%の製剤を、ほかの部位(脇、手・足の裏等)で軽症の場合は濃度20~30%のものを塗布します。
手や足の裏で中等~重症の場合は、濃度20~50%の塩化アルミニウムローションを塗布し、場合によってはゴム手袋やラップで覆う密封療法(ODT)を行います。
※塩化アルミニウム製剤を使用した際に、生じる可能性のある副作用としては「かぶれ(接触性皮膚炎)」があります。
症状が現れた際はお早めに医師にご相談ください。

最近、保険診療で使用できるようになった外用薬に、副交感神経の働きを抑える「抗コリン薬」があります。
エクロックゲル5%(ソフピロニウム臭化物)は原発性腋窩多汗症に対して保険適用されており、1日1回、乾いた腋に塗布します。
効果は数日で現れますが、目や口への接触を避けるなど、使用部位に注意が必要です。
同様にラピフォートワイプ2.5%(グリコピロニウムトシル酸塩)も腋窩多汗症に対し保険適用され、使い捨てシート型で、携帯しやすい利点があります。

また、手の汗に対する外用薬アポハイドローション20%(オキシブチニン塩酸塩)が2023年6月に保険適用となりました。
書類などが手汗で濡れて困るという方に処方されます。
これらは皮膚に塗ることで、汗腺の働きをコントロールします。
特に手や脇などの局所多汗症に有効で、日常生活に支障をきたしている軽度〜中等度の症例に対して効果が期待できます。

抗コリン薬には内服薬もあり、プロバンサイン(プロパンテリン臭化物)が保険適用となっています。
これは全身に作用するため、手や脇に加えて顔など広い範囲の発汗にも効果がありますが、口の渇きや便秘、排尿困難などの副作用が出ることもあります。
また緑内障や前立腺肥大などの疾患がある方には禁忌となっているため、医師の指示に従っていただくことが大切です。

当院では腋窩ボトックス治療も行っています。

このほか、症状が強く、外用薬や内服薬で十分な効果が得られない場合には、ボトックス注射(A型ボツリヌス毒素)が有効です。
神経伝達物質の放出を抑えることで汗の分泌を抑制するもので、腋窩や手のひら、足の裏などに注射し、3〜6ヶ月程度の間、発汗を抑えます。
生じる可能性のある副作用としては注射部位の一時的な痛みや赤み、腫れ、筋肉痛です。症状が現れた際はお早めに医師にご相談ください。

手のひらや足の裏の多汗症に対しては、イオントフォレーシス療法が保険適用となっています。
これは水道水に微弱な電流を流して、そこに手や足をつけるという治療法です。
痛みや副作用はありませんが、繰り返して治療する必要があります。

さらに重症例には手術療法として、交感神経を切除・遮断する胸腔鏡下交感神経遮断術(ETS)などの外科的治療もありますが、代償性発汗など重篤な副作用のリスクがあるため慎重な判断が必要です。

多汗症は、患者さまご本人にとって非常に深刻な悩みの一つです。
多汗症は一度の治療で完全に治るものではなく、症状に応じて治療を継続することが重要で、治療の効果には個人差もあります。
当院では患者さま一人ひとりの症状やお悩みを理解し、患者さまとご相談しながら治療を進めていきますので、まずは一度、ご相談ください。

新宿駅前IGA皮膚科クリニック 院長 伊賀 那津子

監修:

新宿駅前IGA皮膚科クリニック 院長 伊賀 那津子
日本皮膚科学会皮膚科専門医・医学博士
京都大学医学部卒業